2026-08-31

スペルト小麦なら、何でもいいわけではない。

トロワパンは、古代小麦専門店です。

だからこそ最近、「そもそも、古代小麦とは何なのか」ということを、以前より深く考えるようになりました

スペルト小麦。
ドイツではディンケル。
フランスでは、エポートル。

非常に古い歴史を持つ小麦として知られています。

しかし調べていくと、同じ「スペルト小麦」という名前で呼ばれていても、
スペルト小麦なら、何でもいいわけではない。ことが分かってきました。


900年前にも食べられていたスペルト

12世紀のドイツに、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンという女性がいました。
彼女は修道院長であり、植物や食、人の身体、自然について多くの記録を残した人物です。
彼女はスペルトを非常に高く評価し、日々の食事に取り入れていました。
私がフランスで出会った一冊の本にも、ヒルデガルトとスペルトについて詳しく書かれていました。

それを読みながら、ふと疑問が湧きました。
「900年前に食べられていたスペルトと、今のスペルトは同じなのだろうか?」ここから、私のスペルト探しが始まりました。
もちろん、ヒルデガルトの記述は中世の自然観や食に対する思想です。
現代医学上の効果を証明するものではありません。
私が興味を持ったのは、健康効果よりも、「彼女たちは、どんな麦を食べていたのだろう」ということでした。



同じスペルトでも、同じではなかった調べていくと、
スペルトにもさまざまな品種があることが分かりました。
そして20世紀以降、
収量を増やす。
倒れにくくする。
病気に強くする。
パンを作りやすくする。
そうした目的から、普通小麦との交配を取り入れたスペルトの系統もあります。
これは、現代小麦が悪いという話ではありません。
農家が安定して作れること。
製粉しやすいこと。
パン屋が安定してパンを焼けること。

それぞれに理由があって、
人間が小麦を改良してきた歴史があります。ただ、私はそこで、もう一つ考えました。
「では、私はどんなエポートルでパンを焼きたいのだろう。」

自分が使っている麦の正体を知りたくなりました。
トロワパンでは、ドイツ産の有機スペルトを玄麦で仕入れています。
しかし、「ドイツ産有機スペルト」
というだけでは、私には物足りなくなってきました。
品種は何なのか。
どんな育種をされてきたのか。
普通小麦との関係はどうなのか。
そこで輸入元に相談し、ドイツの製粉会社の技術者にまで確認していただきました。
何度もドイツとやり取りをしていただき、ようやく詳しい回答が届きました。



トロワパンが使っていたのは、4つのスペルトでした。
私が使っているスペルトは、一つの品種ではありませんでした。

現在使われているのは、
Franckentop
Albertino
Zollernperle
Zollernspelz

などの品種を組み合わせたもの。
そして製粉会社からは、これらについて、
現代の普通小麦との交雑を可能な限り抑えることを目的として開発された品種

との回答をいただきました。さらに、「純粋で伝統的なドイツ産スペルト」を大切にし、
可能な限りスペルト本来の性質を残したものを使用している、という考え方も教えていただきました。



実は、私が最初に探していた答えとは違いました。
私は当初、もっと単純に考えていました。
できることなら、昔からほとんど姿を変えず残ってきた、正真正銘の古いスペルトだったらいいな。
そう思っていました。
ですから、現在使っているものが比較的新しく育種された複数の品種だと知ったとき、
最初は少し意外でした。

でも、そこからさらに調べていくと、考え方が変わりました。



「昔のまま」だけが、伝統ではない。
古いものを、昔の姿のまま残す。それも一つの伝統の守り方だと思います。
しかし、気候は変わります。病気もあります。
農業を続ける人もいなければなりません。
その中で、普通小麦の性質を取り込んでスペルトを別のものへ変えてしまうのではなく、
スペルトとして残すべきものを残しながら、今の環境でも栽培を続けられるようにする。

それもまた、一つの伝統のつなぎ方なのではないか。そう思うようになりました。



これは、大工の仕事にもよく似ています。
私は30年、大工をしてきました。
昔の家を、そのままコピーすることだけが伝統だとは思っていません。

なぜ、この木を使ったのか。

なぜ、この継手なのか。

なぜ、この構造なのか。

昔の人が何を大切にしていたのかを理解する。
そして、今の時代に建てながらも、
変えていいものと、変えてはいけないものを考える。

今回スペルトを調べながら、麦も同じなのではないかと思いました。
品種を改良すること自体が悪いのではない。
大切なのは、何のために改良するのか
そして、何を残そうとしているのか
そこには、作り手の思想があります。



だから、私はこの麦を胸を張って使います。
今回調べたことで、現在使っているドイツ産スペルトへの理解は、
むしろ以前より深くなりました。
これは、900年前からそのまま残された麦ではありません。
しかし、スペルトの伝統的な性質をできるだけ残しながら、現代へつないできた麦です。

私は、そのことをきちんと理解した上で、この麦を使っていきたいと思っています。
そして同時に、もっと古いスペルトについても、これから追いかけてみたいと思っています。
古い地域品種。今も残るスペルト。
その麦を実際に手に入れ、自分の石臼で挽き、
今のスペルトと同じようにパンを焼いてみる。

どんな香りがするのか。
どんな生地になるのか。
どんな味がするのか。
文献を読むだけではなく、自分の手で確かめてみたい。私のスペルト探しは、まだ途中です。



パン屋だからこそ、麦から考える。

トロワパンでは、スペルトを粉ではなく、玄麦の状態で仕入れています。
自分で石臼を回し、挽きたての全粒粉を使い、ルヴァンでゆっくり発酵させ、パンにします。

大量には焼けません。
安いパンでもありません。
万人に選ばれるパン屋を目指しているわけでもありません。
でも、麦そのものに興味を持ってくださる方には、
私が知ったことも、分からなかったことも、
できる限りそのまま伝えていきたいと思っています。

「古代小麦だから良い」
「スペルトだから良い」そこで終わらせない。

どこの麦なのか。
どんな品種なのか。
どんな歴史を持っているのか。
誰が守ってきたのか。
なぜ、その麦を選ぶのか。

そこまで知った上で、パンにする。



パンから麦を見るのではなく、麦からパンを見る。
私は今、そんなパン屋でありたいと思っています。

スペルト小麦なら、何でもいいわけではない。

だからこそ、一粒の麦の背景まで知りたい。
そして、自分自身が納得した麦を、
石臼で挽き、ルヴァンで発酵させ、
パンとして届ける。
トロワパンは、そんな古代小麦専門店を目指しています。



大切なこと
スペルト小麦にもグルテンは含まれています。
古い品種や伝統的なスペルトであっても、グルテンフリーではありません。
また、この記事で紹介したヒルデガルトの記述は、
約900年前の食や自然についての思想を紹介するもので、現代医学上の治療効果を示すものではありません。

この記事を書いた人

小川芳治

・フランスで古代小麦製パンを研修

・石臼製粉

・古代小麦専門店「トロワパン」

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